実践報告   「太巻きずし実習を通して」
(1)社会的背景
 飽食の時代と言われて久しい。科学技術の進歩は食品の輸送や保存・加工などにも大きな影響を与え、日本人の食生活もしだいに欧米型の食生活となってきている。食のサービス化も進み、ファミリーレストランやハンバーガーなど、いわゆるファーストフードは便利なものとして日常的に使われている。
 しかし、その一方で、日本の伝統的な食生活も見直され、食材の良さを最大限に生かし、時間をかけて料理し、ゆっくりと味わうといういわゆるスローフードの考え方も重要である。このスローフードの考え方は、地域の食材を生かし、郷土料理を大切にしてきた日本人の多くが実践してきたことであった。中学生のうちからこのようなスローフードの考えを学習していくことはこれから社会生活をしていく上で貴重な学習である。
 (2)地域の実態
 S町は、豊かな農地で野菜や米などの農作物の栽培が盛んである。共働きの家庭が多くなってはいるが、3世代家族が多く、祖父や祖母と同居しているため高齢者が好む料理や伝統的なものを食生活に取り入れている部分も多い。現代的な料理と昔ながらの料理がうまく共存している家庭も多いのではないかと思われる。
 (3)生徒の実態
 農村での地域性があり、生徒は素直でまじめである。人を思いやることもあり、落ち着いて学習をすることができる。反面、教師やリーダーの指示を待って行動するという受け身的なところがある。
 豊かな農村地帯に生活しながら、学校周辺の農作物の名前を知らない。「野菜が嫌いだ。」という生徒も少なくない。理由を尋ねると、「にんじんは甘いから。」「スイカは甘くて・・。」と言う。野菜本来の持つおいしさを日常的に味わっていることの豊かさを実感できていないところがある。
 (4)実践報告
 このような実態を考え、地域の伝統的な料理である太巻きずしの調理実習を年間計画に組み入れた。特に地域の人材を活用し、地元で太巻きずしの名人といわれる方に講師を依頼し、中学校の授業の中で教えていただくことにした。これは、ア:地元の優秀な人材を活用し、より具体的な実践にする。イ:伝統的な料理を用いることにより、先人の料理に関心を持つ。ウ:地域の良さを見直し、地域の特色をつかむ。という目的によるものである。
 実践では綿密に事前打ち合わせをし、講師と連絡調整をした。当日、講師は自分の得意分野を中学生に教えることができるという使命を持ち、朝早くから非常に頑張ってくださった。また、生徒も普段とは違う指導者に新鮮さを感じ、熱心に指導者の声に耳を傾けていた。初めて太巻きずしを作るという生徒がほとんどで、関心は高かった。グループではなく、一人1本の太巻きずしを作るという設定だったので、それぞれが自分なりに工夫をしながら体験することができた。頭で描いていたイメージと実際にすしを巻いて包丁で切ったときに自分の作品のできばえを見たときの違いは大きいものがあり、なかなかうまくはいかなかったが包丁をいれた時の感動は大きく、とても興味深く取り組むことができた。デジタルカメラで作品を記録し、各個人に配布した。また、講師の作品と自分の作品をくらべてその違いに感心をし、改めて太巻きずし作りの難しさが理解できたようである。太巻きずしの一部は、自宅に持ち帰り家族にも食べてもらうこととした。家族の感想の多くは、初めて巻いた太巻きずしのできばえにびっくりしたというものであった。また、早速、自宅で挑戦してみたという生徒もクラスに3〜4人でてきた。生徒が太巻きずしを自分の祖母などと会話をしながら家庭で作ることは、郷土料理の理解につながるのではないかと思われる。
 講師は中学生と身近に接する機会があまりなかったが、現代の中学生の興味関心や状況を良く理解できたようである。
 今後は太巻きずしだけでなく、野菜や農産物などを使った郷土料理をその道の達人たちに御指導いただき、地元の方々との交流が図れるようにしていきたい。